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乱斗の隠れ家

てけとーにあれこれ自分語り

映画『怒り』について

映画『怒り』公式サイト

怒り Blu-ray 豪華版

 

 熱心な映画鑑賞家というわけでもないおれは、あまりピンとこないんですが、去年は邦画が豊作の年だったらしいですね。普段そんなに劇場へ足を運ばないおれが、じゃあ次はアレ観ようっつって割と頻繁に劇場通いして、しかもはずれらしきはずれを引かなかったぐらいなんで、なるほど確かに当たり年だったのかもなぁ、ぐらいのことは思います。
 そんなわけで、去年は色々な作品を劇場で観たわけですが、序列をつけようとは思わないなりに、「刺さった棘がなかなか抜けてくれない」という意味で一番だったのが、この『怒り』です。
 劇場公開時に二回観に行って、それでも整理し切れなくて原作小説を読んで、また映像で観たくなって豪華版のブルーレイを注文したんですが、なぜかセル(4/12)よりレンタル(4/5)の方が早い(おれが無知なだけで、こういうの、割と一般的だったりするんですかね)ということで、発売日まで我慢できずに借りてきました。んで観ました。色々としんだ。

 

 劇場で観た時にも感想は書いたんですが、ブログごと消しちゃったし、そもそも取っ散らかってて読むに耐えないシロモノだったしで、もっかい何やら書こうかと思います。リベンジリベンジ。……つってなぁ、どっから書けばいいのやら。
 あらすじやら何やらは公式サイトとか見てもらった方がわかりやすいだろうし、ここでは省きます。……ったら余計に、ほとんど書けることが無いような気がしてきた。

 

 おれが何かの感想を書く時は、ネタバレ無しにこだわるあまり、書きたいことが書けずグダグダになるのが常なので、今回はネタバレとか気にせずに行こうと思います。核心に迫るネタバレも自重しないので、未見で興味があってネタバレを避けたい方は、ここで回れ右してゴーバックよろしくお願いします。

 

 OKですか? じゃあいきます。

 


 

 まずは東京編。

 

 おれはゲイなんで、初見の時はその……同性愛に対する偏見とかも含め、入り込むのにちょっと時間がかかったパートでした。イライラしてたと言ってもいい。具体的には、女装写真とか、発展場の演出とか。それも演出のうちだったのだろう、と今は思いますが、やっぱり最初は、ハァ?ってなりました。
 何かしらの作品に新しく触れる時は、できるだけフラットな自分で、というポリシーがあるので、前情報は基本的に遮断するようにしてるんですが。たまたまTLに流れてきた、同性愛表現を面白おかしく取り上げている評判が、頭にちらつきながらの鑑賞だったせいもあります。
 まぁ、観ているうちに、「同性愛」はあくまで構成要素の一つであって主題ではないんだな、と気付けたので、最終的には大した問題じゃなかったとも言えますが。

 

 直人に関しては、特番の情報をきちんと見ていれば、最初のラーメン屋の時点で犯人ではなさそうかな?と判断できるんですが。初見の時はミステリと考えていなかったため、結構最後のあたりまで踊らされていたように思います。
(もしかしたら三つの場所でそれぞれ時間が違うのかも、なんてことを考えてたぐらいなので、ミステリとしては最後まで飽きずに観ることができました)
 とはいえ、直人は三人の中で一番、安心して見ていられる人物だったので、積極的に疑おうという気にもなれず。結局何があったんだよ?っていう謎だけが気になって、優馬に感情移入しつつ追いかけていた感じです。

 

 おれは過去、児童養護施設に関わりがあったこともあって、最後の種明かしでは何というか、身を切られるような思いが強かったです。
 三つのパートで一番、救いがないというか、遣る瀬無さが凝縮されているのが、この東京編だと思うんですが。直人が最後まで優馬のことを信じたままいられたことは、唯一の救いだったのかもしれないなぁ、などと思ったりしました。

 


 

 次に千葉編。

 

 田代に関しては、最初に登場した時から最後の最後まで「こいつ犯人くさくね?」って演出が多く感じたんですが、初見の時は見事に(というか簡単に)コロッと誘導されまして、誰が犯人とか全然わからないなりに、こいつ怪しいぞって感覚がすごく強かったです。
 この映画のテーマは、キャッチコピーでも触れられている通り「人が人を信じることの難しさ」だと思うんですが、そのエッセンスが凝縮されているのが、この千葉編だと思います。(実際、どのパートが、とか言えるようなものでもありませんが)
 槙親子が彼を疑ってしまったこと、愛子がそれを口にしてしまったこと、そして引き起こされた事態の前で崩れ落ちる二人の悔恨といったらもう、想像するに余りある。

 

 明日香が洋平に向かって「愛子を好きになってくれる人なんて――」と問いかけるシーン、愛子が洋平に向かって「どうせ私を好きになってくれる人なんて――」と吐露するシーン。ここから読み取れる、洋平が知らず愛子にかけてしまっていた呪い。
 洋平は別に、積極的に愛子を疑おうとしてたわけじゃない、はずなんですよね。この親子は何故そうなってしまったのか、ってあたりのエピソードが、小説からばっさり削られてしまっているため、わかりにくいっちゃわかりにくいんですが。洋平としては多分、愛子の幸せを願うがあまり、余計に心配しすぎてしまっただけなんでしょう。
 この、相手のためと思いながら消極的に相手を疑ってしまう、そして相手に望まぬ呪いをかけてしまう、って構図は、親子関係においてはさほど珍しくもないように思うんですが。おれの来し方ゆえか、愛子の側にも、洋平の側にも、色々と思うところがありました。

 

 全編を通じて一番鳥肌が立ったのは、この千葉編の最後、愛子の笑顔が大写しになるシーンです。
 前後を他パートの「怒り」で挟み込まれているがゆえに、映し出される笑顔が途轍もなく醜く見えてしまって、初見の時はつい目を背けてしまった。これほど「幸せ」を醜く描き出せるものなのか、と表現の可能性を見たように思います。

 


 

 最後に沖縄編。

 

 おれは、辰哉くんが可愛くて可愛くて仕方がないんですよ。何というか、朴訥で、純粋で、でもそれだけじゃない……うまく言えないんですけど、「普通」って言えばいいのかな。普通って言葉はあんま好きじゃないんだけど、何か、普通っていうのが一番しっくり来る。自分を取り巻くあれこれに思い悩む、ありふれた16歳の少年がそこにいる。ぶっちゃけ、何でもう一回映像で観たいと思ったかっていうと、辰哉くんがめちゃくちゃ可愛かったからです。
 それだけに、最後の……決着のシーンが本当に辛くて。初見の時なんか、我慢できずに声が出ちゃったぐらいなんで、同じ空間に居た方には申し訳なかったなぁと思うんですけど、本当にもう、ダメでした。……子どもが苦難に遭うのってダメなんですよ。なんでこんな、って思ってしまう。

 

 田中に関しては、登場シーンこそ怪しかったですけど、三人の中で一番明るいというか、社交的でよく笑う人物だったために、最後の最後まで、そんなに疑うということをしませんでした。
 何であんなことしたの?ってよく言われてるっぽい癇癪のシーンですけど、多分あれ、女将さんが「まさかとは思うけど――」みたいな感じで、もしかしたら冗談めかして、田中に疑いを告げたんじゃないかな、と。後に星島で、田中が黒子を削り取ろうとしている描写から、そう感じました。
 あるいは、「思ったことを書かずにいられない」田中の特性ゆえ、書かずに鬱積して整理しきれなくなった思いが暴発してしまったのかな、とか。いずれにせよ、旅館を飛び出して逃げる直前、我に返ったような、呆然とした表情をしているため、自分を制御できなかったのだろう、というのは割とはっきり窺えます。

 

 田中の内面は、最後に至るまで複雑極まりない混沌の渦だと思われるし、単純にこれと言えるものでもないんだろうけど。今回観返してみて、もしかして、と思ったことが一つ。
 田中は、辰哉のことが、もしかしたら泉のことも、好きでしょうがなくて、それゆえに起こったことを受け止め切れなくて、どうすればいいかわからなくなったんじゃないか。「ウケる」という言葉だって、前後を踏まえて考えると、自嘲に近い、「笑うしかない」といった悲しさが見えるように思う。
 田中は演技が得意な人物だと思うんですけど、それにしても、客の荷物を放り投げたシーンで吐露した感情は、嘘ではなかったように思うんですね。「ポリース!」っていう叫びだって、どうやら彼の声に聞こえるし。
 そこへきて、自分が引き起こした事態とはいえ、辰哉と一緒にいることができなくなってしまった。本当はずっと「辰哉の味方」でいたかったのに、それができなくなってしまった。
 星島に辰哉がやってきた時、「コーヒー飲むか?」と聞く田中は、一見すると不気味だけど、落ち着いてみるとやっぱり嬉しそうで。一瞬、また一緒にいられるんじゃないか、と思ってしまったんじゃないかなぁ。このまま、ここに隠れ住んでいれば、辰哉が会いにきてくれれば、波留間に渡る前と同じような関係を続けられるんじゃないか、って。
 でも、そんなことは叶うわけがない、とわかっている。そんなことを願ってはいけない、と思っている。あるいは、辰哉の態度を見て、諦めざるをえない、と思い知らされてしまった。
 手に入らないと知れば、その夢は捨てるしかない。だから、あえて突き放すようなことを言った。このシーンで口にした言葉と、壁の落書きの間に矛盾がある以上、壁の落書きの方が真実なのだろうし、ならば、ここで話したことは嘘なのだろうと思います。
 ――これは考えすぎかもしれませんが、もしかしたら田中は、「自分に何ができるのか」を考えた結果として、辰哉の怒りを引き受けようとしたのかもしれない。どうしようもない、やり場の無い怒りを向ける先として、自分の存在を差し出そうとしたのかもしれない。……その結果が「ああ」であるというのは、何とも救いがない話ではありますが。

 


 

 優馬は「信じてやれなかった」と言った。
 洋平も、言葉にはしなかったかもしれないけど、「信じてやれなかった」ことを悔いた。
 辰哉は「信じていたから許せなかった」と言った。

 

 信じるのと疑うのって、ひらひらめくれる表裏ですけど、ただ信じることができたとしてもなお、また別の難しさがあるんだなぁ、と思ったりします。
 ……つってもまぁ、おれは性懲りもなく、信じたいものを信じて、疑いたいものを疑うぐらいしかできないんだろうなぁ、とか。だったら、その中で揺れ動きながら、自分のために、相手のために何ができるのかを、その時々で考えていくしかないのかなぁ、とか。

 


 

  • あとがき

 

 優馬のこととか、泉のこととか、色々と端折った部分もあるんですが、今のおれに書けるのはこれぐらいっぽい、ということで。
 もうちょっと考察っぽいことを書ければ格好良いのになぁ、と思うんですが、無いものねだりしたってしょうがない。

 

 おれは、少年犯罪に対する執着がすごくて、これはきっと死ぬまで「このまま」なんだろうと諦めてる部分なので、言ってしまえば個性みたいなもんですが、それゆえに沖縄編の結末は本当に辛かった。
 手を伸ばしたいと思って手が届かなかったことぐらい、今までだっていくらでもあった。それでもなお、未だに諦めることはできないし、諦めたくもない。そういった、自分の核にあたる部分を、未整理の情動――怒り――を、強く刺激される作品でした。